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東京高等裁判所 昭和57年(行コ)226号 判決

静岡県浜松市高丘町六二番地の一

控訴人

株式会社東光製作所

右代表者代表取締役

竹下貢

右訴訟代理人弁護士

稲葉泰彦

静岡県浜松市元目町三七番地一号

被控訴人

浜松税務署長

福沢千秋

右指定代理人

梅村裕司

佐藤昭雄

杉本昭一

岡島譲

柴田良平

右当事者間の昭和五七年(行コ)第二二六号法人税更正処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴代理人は、

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人の昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日まで、昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日まで及び昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの各事業年度分の法人税につき、控訴人に対し昭和五三年一二月二五日付でなした法人税額等の更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、第二審を通じ被控訴人の負担とする。

との判決を求め、

二  被控訴代理人らは、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張及び証拠関係は、次の一及び二のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  訂正等

原判決二枚目裏四行目、同三枚目表三行目、同裏一行目、同一〇行目の各「本件処分」をいずれも「本件各処分」と、同二枚目裏末行の「(△は消極財産を示す。)」を「(還付税額)」と、同三枚目裏一〇行目の「五〇七万八六〇〇円」を「五〇一万五二〇〇円」と、同五枚目裏九行目の「製品検査」を「製品の検査」と、同七枚目裏三行目の「損金」を「損益」と各改め、同九枚目表九行目の「損害賠償請求権は」の次に「本件各事業年度において既に」を加え、同一〇枚目表五行目の「請求権」を「支払請求権」と、同じく「三月ころ」を「九月ころ」と、同一一枚目表八行目の「柴田ら」を「柴田」と、同裏七行目の「残額弁済」を「残額の弁済」と、同一三枚目裏一行目の「原本の存在とも」を「原本の存在及び成立」と各改める。

二  当審における主張

1  控訴人

被控訴人が杉山及び柴田の横領額を控訴人の本件各事業年度における損金と認めなかったことにつき、被控訴人は、右横領によって控訴人に損金が発生するが、同時に右両名に対する同額の損害賠償請求権が発生し、これが益金を構成することになるから、当該年度全体としてみると損益に関係がないと主張するが、法人が法人税法上損害賠償請求権を取得したというためには、その権利が観念的に発生しただけでは足りず、権利の発生が具体的となり、社会通念に照らして明確となったこと、すなわち、権利者がその権利の発生を認識し(権利者が権利の発生を知らない間は権利の行使は不可能である。)、具体的に権利の行使が可能な状態になったことが必要であると解される。

しかして、杉山及び柴田の両名による横領の事実は、昭和五三年九月から一二月までの被控訴人の控訴人に対する法人税調査により発覚したものであり、控訴人は、この時に初めて右横領の事実を知り、損害賠償請求権を行使することが可能となったものである。従って、本件各事業年度においては、観念的に損害賠償請求権が発生していてもいまだこれを行使できる途はなく、権利が具体的かつ明確になったとはいえないから、右損害賠償請求権はいまだ確定しておらず、本件各事業年度における益金に計上すべき筋合のものではない。

2  被控訴人

控訴人の右1の主張は控訴人独自の見解であり、以下のとおり失当である。

(一) 法人税法は、課税所得の計算につき、いわゆる発生主義を採用しているのであるから、特段の規定がない限り、損益発生の時期は、権利義務の実行が現実に可能となる時期ではなく、権利義務発生の時期である。従って、横領被害に基づく損害賠償請求権についても、特に異なる取扱いをする旨の規定が存しない以上、一般の債権と同様にその発生時期をもって資産の取得とするのが当然である。

(二) なお、法人税等の申告納税方式では、納税義務者がその認識に基づいて期間損益により課税標準、税額等を計算して確定申告をすることによって税額が一応確定するが、その後において先の確定申告の内容を訂正すべき事実が認識された場合(たとえば、横領被害の事実が当該年度より後になって発覚した場合)には、これに基づいて客観的にあるべき課税標準、税額等と一致させるために、遡って当該年度の課税標準、税額等を計算し直して新たに確定する修正申告、更正の請求、更正等の制度が法定されているのであるから、前記のように発生主義を採用しても何ら不都合は生じない。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないものと判断するものであるが、その理由は、次の一及び二のとおり付加、訂正するほか、本件各事業年度において、控訴人の杉山らに対する本件損害賠償請求権が杉山らの無資力その他の事由によりその実現不能が明らかであったとは認められないとした判断(原判決一五枚目表七行目から一七枚目裏八行目まで)を含め、すべて原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  訂正等

1  原判決一四枚目表六ないし七行目の「原告の工場長兼経理担当者である杉山」を「控訴人の工場長兼経理担当者として、下請業者への発注、下請業者から納入される製品の検査、及び控訴人の営業資金の保管・経理事務等の職務に従事していた杉山」と、同裏五行目の「柴田」を「控訴人の下請業者である柴田」と、同一五枚目表六行目の「初めて」を「(損害を生じた事業年度であれ、後の事業年度であれ、その損害賠償請求権の実現不能が明らかになった事業年度)」と各改め、同じく「相当である」の次に「(最高裁判所昭和四三年一〇月一七日判決・裁判集(民)九二号六〇七頁参照)」を、同七行目の「本件損害賠償請求権が」の次に「本件各事業年度において既に」を各加え、同八行目の「柴田ら」を「柴田」と改める。

2  原判決一五枚目裏九行目の「第六号証、」の次に「第一〇号証の一、二、」を加え、同一六枚目裏一行目の「九八〇万円」を「九八〇万円の支払請求権」と、同一七枚目表末行の「返済を受け、」を「返済を受けるとともに、同年八月二日控訴人の納付すべき滞納税金を代払納付してもらう形で二〇万円の弁済を受け、」と、同裏一行目の「物品代金債権」を「物品の代金債権」と、同三行目の「右債務」を「控訴人の柴田に対する右代金債務」と、同一八枚目表三行目全部を「本件各更正に違法は存しない。」と、同五行目の「本件各更正に」から同七行目まで全部を「本件各更正に違法が存しないことは前判示のとおりであるから、本件各賦課決定に違法は存しない。なお、国税通則法六五条二項所定の「正当な理由」があったとすべき事実については、主張、立証がない。」と各改める。

二  当審における控訴人の主張について

法人税法は、収益を計上すべき事業年度を決するについては、所得税法と同様、原則として発生主義のうちの権利確定主義を採用しているところ、右にいう権利の確定とは、法律上その権利を行使することができるようになったことをいうものと解される(最高裁判所昭和四〇年九月八日決定・刑集一九巻六号六三〇頁参照)。本件のような法人の従業員による営業資金の横領という不法行為に基づく損害賠償請求権についても、特にこれと異なる取扱いをすべき理由は存しないから、法律上その権利の行使が可能となったとき、すなわち、横領の事実発覚の如何にかかわらず客観的に横領という不法行為に基づく損害賠償請求権が発生したときに、右権利が確定し、これを当該事業年度の収益として計上すべきものといわなければならない。そして、右損害賠償請求権が発生したと同じ事業年度であれ、それより後の事業年度であれ、その損害賠償請求権が横領者の無資力その他の事由によってその実現不能が明らかになったときには、その事業年度の損金として計上することが認められることは前示(原判決理由二2冒頭)のとおりであるから、右のような取扱いも何ら不合理ではない(本件において、本件各事業年度において、本件損害賠償請求権の実現不能が明らかであったとは認められないことも前示(原判決理由二2の第二段以降・一五枚目表七行目から一七枚目裏八行目まで)のとおりである。)。

従って、法人が法人税法上損害賠償請求権を取得したというためには、権利者がその権利の発生を認識し、具体的に権利の行使が可能な状態になったことが必要であるとする控訴人の主張は採用しえない。

よって、控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 野崎幸雄 裁判官 水野武)

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